弁天岩の境界争い


天竜川は松尾の弁天付近でよく氾濫し、流れが変わってしまいました。中でも元文3年(1738年)の洪水のときには大きく松尾側へ切れ込み、村境をめぐる争いになりました。この裁きをしたのが、大岡越前守です。この裁判で村境とされたのが、弁天岩−赤岩−うなぎ岩−境岩−土佐岩をむすぶ線です。弁天岩は白い花崗岩と黒い変輝緑岩からできています。ここでは天竜川の流れで侵食された跡やポットホールをみることができます。


 

松川の洪水が岩に跳ね返り、松尾側を襲う 垂直な岩盤に掘られたポットホール
弁天岩にまつられた弁天様 花崗岩を切る灰色の閃緑岩

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